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2012年07月

今号の内容

Interview Vol.1 手術データベースは、外科医不足解消の橋頭堡。

外科医不足の本質は「医師の偏在」にあることは周知のとおりだが、
具体的にどの分野にどのくらい足りないのかまでは把握できていないのが現状だ。
そこに一石を投じるために開発されたのが、NCD(National Clinical Database)と呼ばれる手術データベースだ。

Topics 麻酔科医から見た外科医の魅力。

外科医は、手術室スタッフをまとめるリーダーとしても期待されている。
他科からは、外科医はどのように映るのか?
麻酔科医として長年腕を振るってきた奈良県立医科大学付属病院院長の古家 仁先生に、外科医の魅力について聞いた。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

略歴やお写真のご紹介をしております。

Interview Vol.1 

手術データベースは、
外科医不足解消の橋頭堡。

東京大学医学部付属病院 副院長 小児外科教授 岩中 督 先生

NCDが誕生したきっかけについて教えてください。

図1:日本外科学会入会者数の変遷

岩中 督先生(以下岩中)外科医の減少に歯止めをかけたい、というのがきっかけでした。
日本外科学会の入局者は、2003年までは年間1200名前後で推移していましたが、2004年に卒後初期臨床研修が開始されたとたん、499名にまで低下しました(図1参照)。2005年は約700名、2006年は約800名にまで回復したものの、さすがにこのままではまずい。
厚生労働省の統計調査をより詳しくみると、40代以上の外科医の数にはそれほど大きな変化はないものの、明らかに39歳以下、中でも20代の外科医数が少なくなっていることがわかりました。当初は「外科医が開業し始めたのか?」と考えたものの、別のデータを見たところ、病院勤務も診療所勤務の外科医も、両方減少していました。つまり、外科をやめて転科したに違いないという予測がついたのです。

少し前に世間を騒がせた「医師不足」「病院医療の崩壊」の本質は、医師数の少なさではなく医師の偏在が原因であることが明らかになっています。
つまり、ある特定の地域に医師がいないとか、医師がいても外科医がいないとか、外科医がいても小児外科専門医がいないとかいうことが問題なのです。当然政府に対して、「外科医の待遇改善」を提言していますが、やみくもに要求してもその意見が通る可能性は低い。我々の提言を受け入れてもらうためにも、具体的にどの地域でどういう外科系専門医が足りない状況なのかを、客観的に示す必要があったのです。

さらに、外科医といっても、現役で執刀する医師もいれば、70歳を超えてほとんどメスを握らないものの外科医を名乗っている医師もいます。外科医数が横ばいだとしても、実際に執刀する医師が減っていれば大問題です。

一方で、外科領域の専門医制度の仕組みも見直しの時期に来ていました。日本専門医制評価・認定機構から整備方針も出たこともあって、すべての外科領域の専門医制度に共通の手術症例データベースが作れないかと思い、活動を始めました。それが2009年ごろの話です。それから半年~1年くらいで実質的にNCDが完成しました。

NCDに手術データが集まることで、どういう効果がありましたか?

岩中 まだデータの集計中ですが、たとえば「この地域は極端に小児外科医が少ないので、いろいろな問題が起こっている」ということが明らかになってきました。小児外科学会は小児外科医が執刀したデータはすべて把握していたものの、「実は救急搬送されてきた子どもを消化器外科医が執刀した」というケースは把握できていませんでした。NCDで手術情報を管理することで、上記のようなケースを把握できるようになったのです。さらに、患者の住む郵便番号、救急搬送の有無の情報などを用いると、その患者が県外から来たのかどうかや、救急搬送されてきたのかどうかがわかります。そのため「ある地域では小児外科医が足りないため、他の地域に比べて小児外科の県外搬送が圧倒的に多い」「その影響で、隣県の小児外科医の手術件数が増え、医師が疲弊している」といった情報を示せるようになりました。こういったNCDのデータを活用して、公立病院の建設先や救急搬送のスキーム変更など、政府への提言につなげていきたいと思っています。

画期的な仕組みではありますが、NCDに入っているのはあくまで患者の情報です。個人情報保護法や倫理的な問題への対応が気になります。

岩中 個人情報管理は、かなり念入りに議論しました。東京大学大学院医学研究科倫理委員会において、二度にわたる審査を受け承認を得た後、患者代表者を含む外部有識者をも加えた日本外科学会拡大倫理委員会で審査を受けました。その結果、患者名や住所が入っていないことと、NCDのデータだけで個人を特定するのは不可能なことから、承認をもらいました。基本的には疫学研究という位置づけにしています。

一方、登録施設のサイトビジットを行いカルテ記載と入力データを照合することで、悪意のあるデータや勘違いの入力を排除するようにしています。外科医が勤務するすべての施設を診療科長登録し、診療科長あるいは主任外科医が責任をとる仕組みとしました。これらに違反した場合には専門医の更新などに支障があるので、かなりの抑止力につながると考えています。

NCDは、外科医以外にどのようなメリットがありますか?

岩中 NCDの第3階層部分が充実してくると、医療機器メーカーや製薬メーカーにとってもメリットが出てきます。たとえばある医療機器や薬剤についての臨床試験をしたい場合、NCDのデータにごくわずかの上乗せをするだけで、それらがどのような症例で誰がどのように使用してどんな結果になったのかをすぐに把握できます。従来のやり方だと最大数十例の小さな母集団のデータしか集められませんが、NCDを使えば全国の治験データが手に入るようになります。もちろん、医療機器メーカーや製薬メーカーが望めばすぐに実施できるわけではありません。治験に賛同する医師と、所属する外科専門医学会の審査を通過する必要があります。

NCDはまだ始まったばかりの仕組みなので、第3階層部分のデータが乏しく財政基盤も心細い状況です。外科学会などからの出資と厚生労働科研費などを使い、ようやく稼働している状況です。NCDの有用性が民間企業にも理解してもらえれば、外科医、企業、患者、国にとってWin-Winの循環が出来上がると見ています。

NCDの今後の展望と課題について教えてください。

岩中 1つは患者の追跡です。たとえばあるがん患者が手術を受け、その後別の施設で抗がん剤治療をして、最終的に緩和ケアを受けたとします。現在のNCDの仕組みでは、それらを追跡することは難しいのです。匿名ID、いわゆる「社会福祉版総背番号」のようなものが付与されるとそれらが可能になりますが、政府は慎重な姿勢を崩していません。また、内科領域との比較検討など、このデータベースを周辺領域にどのように拡張していくかも今後の課題です。

日本中の医療機関が外科医の待遇改善に奮闘し、外科分野における診療報酬がプラス改定となったことも追い風となり、外科学会の会員数は徐々に右肩上がりとなってきました。しかし、2003年以前のレベルにまで会員数が増えていないことを考えると、決して楽観視はできません。医療機関側には、さらなる外科医の待遇改善に乗り出してもらいたいところです。実際に東京大学では、外科系を中心に8名の「研究支援クラーク」(医療クラーク)を配置し、外科医の数も10数名増やしました。22時以降の手術や呼び出し後の手術には手当をつけ、麻酔科医の報酬も大幅に上げるなど、外科医を取り巻く労働環境の待遇改善を試みています。これからは、医療機関自身が、医師の待遇を上げるための取り組みを活発化させることを期待します。

National Clinical Database(NCD)の仕組みと狙い

2011年1月から、外科手術データベース「National Clinical Database」(NCD)の運用が始まった。これは、一般社団法人National Clinical Database(社団NCD)が運営するデータベースで、外科手術や治療全般に関する患者のデータが保存されている。たとえば、日本全国の病院・診療所で行われている手術・治療などの情報のうち、患者の治療に必要な検査結果や、診断に必要な関連情報、手術・治療後の経過に関する情報などだ。

図 NCDと連携した専門医制度を取り入れている外科系学会(50音順)

NCDへの登録料は無料だが、社団NCDのホームページから入力する必要があるので、パソコンとインターネット環境は必要になる。NCDへの参加は任意であるにもかかわらず、2011年1月から2012年4月末の締切時点で、3374施設、4916診療科、約133万8000件のデータが集まった。

NCDへの参加が義務でないにも関わらず、これだけのデータが集まったのは、専門医制度とリンクしているからだ。専門医制度において外科医は、一定数の手術をこなさなければ専門医として更新できない。そこで、外科系の各学会と連携して、NCDに登録した症例のみが更新申請の要件とすることにした。

3階層のデータベース

NCDは、大きく3階層のデータベース構造となっている(図2参照)。第1階層部分は、13項目からなる基本部分だ。手術直後に医療クラークでも登録できるレベルで、アウトカム情報は含まれていない。
図 NCDと連携した専門医制度を取り入れている外科系学会(50音順)

図 NCDと連携した専門医制度を取り入れている外科系学会(50音順)

基本項目からなる第1階層に対し、第2階層部分はより詳細な臨床情報から構成される。
術前の重症度補正(risk-adjusted data)や、術中情報、術後のアウトカム情報などからなる。
この部分は、臓器や疾病によって異なるため、各学会が必要なデータ入力項目を立案した。この2 階層部分を用意したことで、臓器や疾病、術式といった切り口で、各学会が分析できるようになっている。

一方NCDには、より詳細な臨床情報を格納する第3階層部分も用意されている。医療機器の有用性や投薬効果(治験)といった、限られた期間・施設で行われた手術データを登録する。この大規模臨床データベースに登録された情報を分析することにより、極めて科学的な臨床研究が容易に実施可能となる。

NCDの効果と展望

NCDの狙いはいくつかある。1つは、医療機関が自らの手術水準がどのレベルにあるのか把握する手掛かりになる。NCDに参加することで、NCD登録施設の平均データと、自らの施設を対比できる。そのため、自らの手術の特徴はどこにあるのか、どういう疾病に弱いのかなどが、分析結果をもとに把握できる。

もう1つは、外科領域の垣根を越えた学会間の連携が可能になる。NCDは日本外科学会の外科専門医制度だけでなく、外科関連の専門医制度が合同で行うものだ。幅広い診療科領域が連携することにより、かつては、単一の学会だけでは把握できなかった様々な臨床情報を共有できるようになる。

Topics 麻酔科医から見た外科医の魅力。

古家先生は長年、麻酔科医として腕をふるっていますが、
外科医と身近に接している立場から、外科医の魅力をどう感じていますか。

古家 仁先生(以下古家)報道では「外科医が足りない」という言葉を目にすることもありますが、あまり心配はしていません。
外科医が執刀しているときの集中した真剣な目、手術が終わった後の安堵の表情を見ていると、時には「これほど一つのことに打ち込めてうらやましい」と思うことがあるほどです。あの集中力は、誰かに何かを強制されて出るものではないでしょう。心の底から楽しくて、没頭できるからこそ、すさまじい集中力が発揮できるのだと思います。手術の魅力をきちんと医学生に伝えることができれば、おのずと外科医の志望者は増えると見ています。

一方で外科医の志望者は、従来ほどには増えていません。
医学生の資質などが影響しているのでしょうか。

古家 外科医にふさわしい資質について、私が話すのもおこがましいですが、かつて出会った外科医たちは、よく周りを見渡し、チームとしての他の職種の役割を理解しているという印象があります。

かつて、私が30代の頃に出会った脳外科の先生のことを、今でも鮮明に覚えています。手術室に入る時に一礼するし、執刀開始の合図や手術の段取りがしっかりしていました。看護師などのコメディカルにも術中にまめに情報を伝えていました。おかげで、麻酔科医だった私は、手術の要所が理解でき、管理がしやすかったことを覚えています。その先生は40代でしたが、駆け出しだった私にも必ず手術後に一礼して出て行きました。仲間として、一人の医師として認めてくれたことがうれしかったですね。

「チームプレーがうまい」外科医について、詳しく教えてください。

古家 1つは、手術の進行具合やこれからやろうとしていることを、麻酔科医や看護師などコメディカルに伝えることでしょう。そうすれば、外科医をサポートする周囲も、あらゆることを想定して前もって動くことができます。麻酔科医の使命の1つは、あらゆるトラブルを想定して、そうならないように未然に防止することにあります。「これから大きな血管を切るぞ」と外科医が伝えてくれるのとそうでないのでは、仕事のしやすさは雲泥の差です。外科医がこれからやろうとしていることを伝えてくれれば、麻酔科医も、患者がどういう状態にあるのか伝えられます。

もう1つは、チームワークがうまい外科医ほど、他職種の役割をrespectしている気がします。例えば、麻酔科医は患者の状態を常にモニタリングし、リアルタイムに移り変わる患者の状況を詳しく把握しています。そのため、術中の患者の状態を外科医が自分の独断で判断せずに麻酔科医に尋ねれば、より詳しい情報を得ることができます。また外科医は器械を扱うことには慣れていても、それがどこに保管されているのかは看護師の方が詳しい。どの機器が必要かを看護師と前もって相談して準備しておけば、手術がスムーズに進みます。さらにいくら術式について詳しくても、手術室に数多くある計器の不具合までも解決できない。そこはMEの出番でしょう。

手術は、さまざまな分野のプロフェッショナルが集まって行うものです。「自分はその分野について分からない」ということに気がつけば、おのずと周りのプロフェッショナルを信頼して任せるようになるし、分からない分野について尋ねられます。外科医を取り巻くプロの力を最大限に引き出せれば、必ず手術の品質は向上するでしょう。そこには、年下も年上も関係ありません。

「分からない分野があると分かると恥ずかしい」という発想では、周りに聞けませんね。

古家自分が知らない分野について謙虚に聞けることと、外科分野について勉強していないことは違います。私が見てきた外科医たちは、非常に勉強熱心でした。
逆に、勉強をしていない外科医や世間話をしながら手術をするような医師に、自分の家族の命を預けようとは思いません。先ほどの脳外科医の先生は、後輩の外科医に「ネズミの血管をつなぐ練習を1 0 0 匹分しろ」と指導していました。今でこそ品質のいいシミュレータが数多く出ていますが、当時は動物ぐらいでしか練習ができなかったわけです。進歩を厭わず常に前向きで、努力家だというのが、私にとっての魅力ある外科医の印象です。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

Interview Vol.1 手術データベースは、外科医不足解消の橋頭堡。

写真:岩中 督 先生

東京大学医学部付属病院
副院長 小児外科教授

岩中 督 先生

東京大学医学部付属病院

Topics 麻酔科医から見た外科医の魅力。

写真:古家 仁 先生

奈良県立医科大学付属病院
病院長

古家 仁 先生

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