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2012年秋号

今号の内容

Interview Vol.2 報酬だけで外科医は動かない、努力へのねぎらいが意欲を生む。

医師の偏在が顕著になり外科医の志望者数が伸び悩む中、佐賀大学医学部附属病院では、手技料の一部をインセンティブ(報酬)として外科医に還元している。全国でもいち早く「手術インセンティブ」を取り入れた同病院には、「これで外科医の努力が報われる」と称賛の声が挙がる一方で、「医療にインセンティブという考えは馴染まない」「より外科医の偏在が顕著になる」との声もある。手術インセンティブを病院に取り入れた院長の宮﨑耕治先生に、制度導入の狙いと効果について聞いた。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

略歴やお写真のご紹介をしております。

Interview Vol.2 

報酬だけで外科医は動かない、
努力へのねぎらいが意欲を生む。

佐賀大学医学部附属病院 院長 宮﨑 耕治 先生

佐賀大学医学部附属病院は、全国でもいち早く「手技料」というインセンティブ(報酬)を導入しています。

外観:佐賀大学医学部附属病院佐賀大学医学部附属病院

宮﨑 耕治先生(以下宮﨑) 当院では、術者(執刀医)に手技料の5%を還元し、今年度は助手の医師にも3人まで手技料の1%を渡すことにしています。正確に言えば、インセンティブ制を導入しているのは外科医だけではありません。例えば、手術室やICUに勤務する看護師には、月額5000円の「看護師特殊業務」手当を出しています。また、夜間の手術や出産の業務をした産科医には「時間外緊急診療」、看護師には「夜間手術看護業務」として、それぞれ1回1万円を支給しています。
臨床工学技士や薬剤師、事務員にいたるまで、すべての職員を対象に何らかの手当を付けています。外科医へのインセンティブもその1つと理解してください。

「手術1件1万円」といった基準ではなく、なぜ「手技料の5%」なのですか?

宮﨑 当初は、手術の難易度をスコア化してその順にインセンティブを出すことも考えました。しかし、スコア化が非常に難しい。米国で実施した手術のスコアリングデータも検討しましたが、算出プロセスが複雑すぎました。診療報酬を基準にすれば、おおよそは難易度別に分かれているうえに、ある程度周囲の理解が得られるため、採用しました。5%という数字は、インセンティブの原資(予算)とつじつまが合うように設定しています。

インセンティブを出す際の予算はどうやって捻出しましたか?

宮﨑 まず、インセンティブにかかった費用は、平成22年度下半期のスタート時で約5000万円です。このうちおおよそ3500万円を、手術関連のインセンティブ費用として使いました。佐賀大学病院は、国立大学病院における収益率が全国トップクラスですが、これらの予算を捻出するには苦労しました。今回の趣旨とは違いますので詳細は割愛しますが、今年度からは承継定員の助教を病院所属に切り替えることで、大学側の人件費を大幅に削減して予算を捻出する予定です。

手術関連のインセンティブが、予算全体の3分の2を占めています。

宮﨑 大半が手術関連の報酬となるように数字を設定したので、ある意味狙い通りでした。その背景には、侵襲を伴う手技が敬遠されて診療科間の医師の偏在が顕著になると、「医療人材教育の充実」と「高度先進医療の推進」が達成できないという危機感があります。
大学病院の収入のほとんどは診療報酬です。診療報酬は大きく「外来による収入」「入院による収入」「外科手術による収入」に分かれます。質の高い外科手術をするとすべての収入が増えるわけですから、手術を中心に収益構造を捉えるのが病院経営の要だと感じました。
また、高度医療や高度手術が増えると収益が上がるだけではなく、外科医がスキルアップして、手術へのやりがいを感じるようになります。そうなると佐賀という地方にもスキルアップを目的とする外科医や医学生が集まるようになり、外科全体の負担を軽減するだけでなく、教育病院としての使命を果たせるのではないかと思います。

外科医へのインセンティブの是非

医療機関における外科医のインセンティブについては、賛否両論の意見があります。

宮﨑 外科医のモチベーション(やる気)が上がるので、インセンティブに賛成だ」という意見と、「インセンティブでは、使命感のある外科医は集まらない」という意見があることは理解しています。その点は、この制度を導入するに当たり、私自身も悩みました。どちらが正しいかを判断する前に、国立大学医学部と附属病院を取り巻く環境について整理します。

国内では、政策として公務員の給与が毎年約1%ずつ引き下げられています。国立大学医学部も例外ではなく、人件費を段階的に7~8%程度圧縮する必要がありました。一方、外科医を取り巻く環境を見ると、手術は年々高度化して常に難度の高い手技を取得することを要求される一方で、医療訴訟で外科医個人が訴えられる例も出始めています。歳を重ねて役職がついても当直があり、夜中に緊急の手術をしなければならないことも多い。そのため外科医は他病院での外勤が他科に比べて難しく、大学病院に勤務した場合は病院以外での収入は見込めません。このような環境に外科医がいて、年々給与が下がれば、逆にモチベーションを保つことの方が難しいと言わざるを得ません。疲労を重ねた結果、「寝ずに頑張っても報われない」「病院が自分たちの価値を認めてくれない」と外科医が思っても仕方ないでしょう。

これまで外科医が、お世辞にも「ワークライフバランスがいい」とは言えない状況でもメスを振るえたのは、個人の使命感に頼ってきた部分が大きいです。しかし、今後もさらに外科医に「使命感を持て」と言うことが、はたして最良の選択なのでしょうか?卒後初期臨床研修の開始以降、日本外科学会の入会者は一時期、最盛期の半分以下に減り、外科医志望の医学生も伸び悩んでいます。どこかでこの悪循環を断ち切らなければなりません。

私は、外科医だけを優遇しようというのではなく、苛酷さを増す中でも給与が下がっていくのであれば、それらを補填するしくみが必要だと考えたのです。かつて日本外科学会が外科医に向けて実施したアンケート結果資料に、外科医の7割超が「手技料の一部を執刀者に還元すべき」と回答していたことも、インセンティブの導入を強く後押ししてくれています。

手術というのはチームワークです。外科医が夜中に緊急手術をしているということは、その傍らに麻酔科医や看護師、助手が必ずいます。外科医だけに報酬を付けるのではなく、麻酔科医や看護師、助手、研修医にいたるまで、手術室に勤務するすべてのスタッフにインセンティブが行き渡るように設計しました。前述した「手術関連のインセンティブ費用」(平成23年度で約1億円強)は、外科医だけでなく、手術関連スタッフ全体を対象としています。インセンティブ制の導入の効果か、手術室の業務見直しの成果なのかはわかりませんが、手術室スタッフの満足度も上がり、手術室の効率運用ができるようになりました。外科医たちは「自分たちが働きやすい職場になってきた」と、満足しているようです。

表 佐賀大学医学部附属病院のインセンティブ手当(2012年度)
インセンティブ制を導入して報酬を上げるだけでは、手術室運営は効率化しません。手術室運営をどのように改革しましたか?

宮﨑 以前の手術室は、手術枠を設定して各診療科に割り当てて運用していましたが、課題がありました。例えば「手術枠がない」という声が現場で挙がるのに、木曜日の午後は手術室が稼働していなかったり、緊急手術をしようにも麻酔科医や看護師が不足したりという状態です。看護師だけに着目すると、慢性的に人手不足でした。手術室を希望する看護師が少ないだけでなく、一人前に器械出しをするまでに時間もかかる。手術室には病棟のように「7対1」といった具体的な基準もありませんから、人手不足は当然でしょう。16~17時になると手術室から看護師が引き揚げるようになった結果、人手不足のために外科の研修医が器械出しをしていました。私も消化器外科医なので理解できますが、研修医からすると「手術をやりたくて外科に来たのに、なぜ看護師の仕事をしているんだろう…」と思っても仕方ありません。

医療スタッフの入退室時間や手術室の稼働率などを調査したところ、麻酔科医と看護師がボトルネックになり、手術件数があまり伸びていないことがわかりました。そこで、手術室勤務の看護師にフレックスタイム制を導入し、手術に合わせて遅出を認めたのです。また、時間外手術で器械出しをしてくれた看護師に2時間で1万円、深夜や休日に器械出しを手伝ってくれる看護師には2時間2万円のインセンティブを付けました。
一方、麻酔科医も麻酔点数の5%をインセンティブとして渡しています。手術枠の設定をやめて空き枠を"早い者勝ち"にして、外科医が麻酔科や看護師と相談して空き枠に手術を入れるスタイルとしました。

インセンティブ制を導入して手術室の運用を変更したことで、麻酔科医や看護師はどのような反応を示しましたか?

宮﨑 麻酔科医の医員だと年間平均100万円、多い人だと数百万円収入が増えています。看護師は、予想以上に残業して器械出しをしてくれます。「外勤で稼がなくても、バイト感覚で勤務できる」という声もありますが、大半は「自分がやっていることがようやく報われた」という感想を持っているようです。

麻酔科医も手術室の看護師も、手術に対してはいわば"受身"の立場です。ともすれば「緊急手術で麻酔をかけて当たり前」「残業して器械出しをしても当たり前」と思われがちです。病院経営の立場から「あなたたちの努力はちゃんと見ていますよ。当たり前だなんて思っていません」という感謝を、インセンティブという形で示したわけです。それが功を奏し、麻酔科医や看護師が「手術に合わせてこの日は遅く出勤しよう」など、能動的な動きをし始めました。

インセンティブ制を導入して手術室運用スタイルを変更した結果、昨年1年間で医師(研修医)が器械出しをした件数は7件にまで減少しました。医師による器械出しがほぼなくなったと言っていいでしょう。手術件数は、3年間で約700件増え、年間6000件近くになりました。結果、手術室の稼働率は上がり、空き部屋はほぼゼロになっています。それでも看護師が足りずに器械出しをした研修医たちにも、1万円のインセンティブを支給しています。手術室で働くスタッフ全員が効率的に動くことで、外科医の動きも活発化します。外科医だけの努力では、3年間で1割以上も手術件数を増やせなかったと思います。

報酬だけではなく、手術室スタッフのモチベーションを上げるための工夫が随所に感じられます。

Superior NurseとIV Nurseが付けるバッジ

宮﨑 最も工夫したのは、スタッフを運営の当事者にしていることですね。手術室の稼働状況に関するあらゆるデータを取って開示しています。従来のように手術枠を決めて、運営ルールを決めて、それを受身で受託していると、「定時に帰りたい」「面倒なことはしたくない」となります。手術枠を取り払って稼働状況を開示すれば、外科医は麻酔科医や看護師と相談しながら手術予定を入れるようになります。以前と違って相談して手術をするわけですから、麻酔科医や看護師もある程度能動的に予定を決められるようになります。手術室のスタッフ全員が能動的に動けるようになった結果、当事者意識が芽生え、手術室がより効率化したと見ています。

内科医からの不満がない

一方で、内科医をはじめとした手術室を利用しない他科の医師や看護師などから不満の声は挙がりませんでしたか?

宮﨑 外科以外からの不満の声は、ほとんど挙がりませんでした。当初から「外科だけをえこひいきする仕組みは長続きしない」と思っていましたので、インセンティブ制導入には細心の注意を払いました。うまく行った理由の1つは、外科医以外の医師にもインセンティブがあったからでしょうね。循環器のインターベンションや内視鏡検査といった、内科医が担当して手術室を利用する検査にも手技料を付けています。結果として、消化器内科でインセンティブの高い人は年間100~200万円の報酬をもらっているようです。なかなか外勤が難しい内科系医師は特に喜んでいるようです。

インセンティブ制について、課題となる部分があれば教えてください。

宮﨑 1つは、当初から課題であった手術の時間や難易度から来る不公平感ですね。例えば眼科は手術時間が短いため1日何件もの手術が入る。一方、消化器外科は相応の手術件数が入るものの、1回の手術時間が突出して長い。そこで今年度からは、稼働別にインセンティブを付加しようと考えています。4時間を超えるとさらに1%、8時間だと2%付加することで、長時間の手術に評価を加える予定です。

もう1点は、病院側の考えをうまく伝えられるかという部分です。極めて個人的な想いですが、外科医を含めた職員全員にさらなる成長を期待しています。根幹にあるのは、「感謝は使命感を育てる」という信念です。きっかけは報酬でも何でもいいが、それによって人が集まるようになり、人手に余裕が出て、スキルが上がり、他人からの感謝を受け止められれば、使命感が生まれるのではないかと考えています。インセンティブを導入した張本人が言うのもおかしな話ではありますが、最終的には、インセンティブがなくても動ける人材が育成できればいいですね。向上心を持つ一方で、「足るを知る」側面がないと不満はなくならない気もします。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

Interview Vol.2 報酬だけで外科医は動かない、努力へのねぎらいが意欲を生む。

写真:宮﨑 耕治 先生

佐賀大学医学部附属病院
院長
宮﨑 耕治 先生

佐賀大学医学部附属病院