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2013年夏号

今号の内容

Interview Vol. 3手術データベースの活用で外科医の満足度を上げていく

全国で行われるほぼすべての手術データが詰まったNCD(National Clinical Database)の運用が始まってようやく2年が経過。
安定軌道に乗り始めた。一方で「NCDのデータの利活用が進んでいない」との批判もある。
NCDの運営に携わる東京大学医学部附属病院副院長の岩中 督先生に、NCDの現況と展望を聞いた。

Topics 周囲の協力で外科と子育てを両立

女性医師の進出が目覚ましく、外科系診療科でも珍しくなくなった。
だが頭を抱えるのが、女性医師の産前産後の問題だ。本人のみならず、医局も真剣に取り組むべき段階に来た。
双子を育てながら外科の第一線で活躍する、昭和大学病院乳腺外科准教授の明石定子先生に、仕事と子育ての両立のコツをたずねた。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

略歴やお写真のご紹介をしております。

Interview Vol. 3

手術データベースの活用で外科医の満足度を上げていく

前回のニュースレター(2012年夏号)では、スタートしたばかりのNCD(National Clinical Database)について聞きました。その後のNCDの現状について教えてください。

岩中督先生(以下 岩中先生)「NCDというデータベースを作りさえすれば、外科医の減少を食い止められる」という単純なものではありません。NCDの現状やその効果について説明する前に、運営母体である一般社団法人National Clinical Databaseがこの1年、何をしてきたのか話しましょう。

そもそもNCDは、外科医の減少に歯止めをかけつつ医療の質を上げていくために誕生した仕組みです。これまでは全国の手術データがすべて揃ったデータベースがなく、「外科医が全国的に不足しています」と曖昧なことしか言えませんでした。全国的な手術データベースがあれば、たとえば特定の地域での胃がん患者がどの病院で手術しているのかが明らかになり、「この地域で消化器外科医が足りません」と具体的な提言ができるわけです。ただし、データベースに一部の医療機関の手術情報しかない場合、この仕組みはうまく回りません。そこで、外科系の学会と連携し、NCDに登録した症例を専門医取得・更新申請の要件とすることにしました。NCDの参加・登録が任意であるにもかかわらず、初年度(2011年度)から約120万件の手術データが登録されたのは、こうした理由があるからです。

2012年度に入り最初に取り組んだのが、データの精査です。いい加減なデータを元に分析をすると誤った施策・提言をしてしまいます。そこで全国の約30施設を無作為に抽出し、訪問して診療録と入力データを突き合わせました。ほぼ問題ないことが分かったので、各学会へのデータ提供をスタート。日本外科学会や日本消化器外科学会、日本小児外科学会から「専門医制度のためにさっそくデータを使いたい」という申し出があったので、提供しました。

日本消化器外科学会は中でも熱心で、約60万件のデータを精査したうえで集計し、その一部を学会で公表しました。まだ参考程度の情報ではありますが、たとえば肝切除は約8000件弱が行われているだとか、その術後30日の死亡率がどのくらいだとか、あるいは50歳以降の喫煙者の肝切除後の創感染の割合だとかが明らかになりました。NCDは、American College of SurgeonsのNSQIP(National Surgical Quality ImprovementProgram)のデータとほぼ構成を合わせてあるので、日米での手術比較ができます。すでに、胃全摘術と膵頭十二指腸切除術に関しては、著名な医学雑誌に論文が掲載されました。

N C D のデータはどのように活用していく方針ですか?

岩中先生 大きく3つの分野で活用が進むと見ています。1つは各学会での活用法です。先ほど説明したように、手術や疾病を取り巻くマクロ状況を把握するのに使用します。

2点目は、医師主導臨床研究や各企業(医療機器メーカーや薬品メーカーなど)をはじめとした臨床研究での活用です。すでに消化器外科学会では、精査済みの60万件のデータを持ち、会員からのデータベース利活用の提案を受け付けています。将来的には、企業からのリクエストに応じながら入力項目を追加して、医療の質向上に役立てることも考えています。しかし、システムの改変などで費用が発生しますので、研究者や企業側にある程度のコスト負担をお願いすることになると思います。一方で、日本心臓血管外科手術データベースに蓄積されていた心臓血管外科領域の10年分のデータを元に、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)とタッグを組みながら医療機器や医薬品の市販後調査を始めようとしています。冠動脈ステントを入れた後にどうなったかなどを調査することで、医療機器の品質改善やその審査基準の改善につなげるのが狙いです。

3点目は、これが最も重要と考えていますが、データを入力した各医療機関での利用です。たとえば、ある病院の胃がん手術の成績について、全国データと比べて予後が芳しくないとすれば、プロセスの見直しが可能になります。せっかく医療機関が苦労して入力したデータですから、NCDとしても医療機関に対し積極的にフィードバックしていきたいと考えています。

前回の話では、各医療機関がNCDへの手術データ登録締切直前に一斉にWebサイトにアクセスしたため、多少の混乱があったと聞きました。苦労して手術データを登録したわりには、医療機関へのフィードバックはまだごく一部にとどまっています。

岩中先生 初年度は、駆け込み入力が相次いだことからNCDのサーバーがダウンしそうになるトラブルがありました。幸い2012年度は、年度末になって特に不具合は起こりませんでした。各医療機関が工夫をして、事前に登録をしたり、入力を担当するクラークを用意したりするケースもあるようです。NCDへの入力作業は、その医療機関全体の事業と捉えてくれるところもあり、NCDの入力クラークを病院経費で雇用した病院もあります。

データの入力が効率化する一方で、データの利活用スピードが遅く感じるかもしれません。しかし、いい加減なデータが混ざった状態で分析し、誤った情報提供をしてしまうことの方が恐ろしい。信頼に足るデータだと確定するために、NCDとしても各学会の協力を仰いでデータの精査をしているところです。基本的に各学会が入力された手術情報を確定させて、フィードバックの仕方を考えて、各医療機関に提案するという流れにする予定です。正しいデータが揃うプロセスができあがれば、自ずとデータの入力から医療機関へのフィードバックに至るまでの時間は短縮されると見ています。

医療機関への本格的なフィードバックが始まれば、当然、各病院のスコアリングが可能になります。裏を返せば"胃がんの手術成功率が高い病院ランキング"が実現します。

岩中先生 患者個人からするとそのようなランキングがあると便利なことは理解できますが、NCDの立場としては賛同できません。たとえば"胃がんの手術成功率が高い病院ランキング1位は○○病院"と公表すれば、北海道から沖縄までの胃がんの患者が、その病院に集まってくるでしょう。そうなると、手術待ちの期間が半年から1年、2年と延びていきます。胃がんの患者が手術を2年待っていたら、外来で診察したときは早期がんでもたちまち進行がんになります。結果としてその病院の患者に迷惑がかかるだけでなく、外科医たちの負担もかなりのものになるでしょう。マクロで捉えれば、"その地域の疾患はその地域で治療する"方が全体最適になるはずです。

医療機関にNCDのデータをどこまで公開するのかは難しい問題です。たとえばある地域では、子どもが平日の昼間に救急搬送された場合は小児外科医が担当しているが、休日の夜間の場合だと消化器外科医が診ていたとしましょう。NCDのデータを見れば、平日と休日の手術時間の違いや成功率がすぐにわかります。このような場合には、詳しくデータを公開して救急搬送や休日診療のあり方を検討するのに役立ててもらった方がいい。一方で、 "○○地方の小児外科領域の成績は△△"と公表すると、標榜している施設の数によっては医療機関が特定されてしまう恐れがあります。

NCDは、手術データを集積し取りまとめる機関で、活用法は各学会にお任せすることとしています。昨年度はデータを集めることに必死でしたが、本年度は活用法に焦点を当てた活動をしています。

税と社会保障の情報をまとめて管理するための共通番号、いわゆるマイナンバー制度が国会で成立し、2015年秋には「個人番号」と「法人番号」が配布されます。マイナンバー制度とNCDが組み合わさると、A病院で処置した結果がB病院でもわかるため、NCDの活用が広がります。

岩中先生 現在は、領域を超えた手術データの共有が進んでいないので、異なる領域での協働は不可能です。領域を超えた手術データ管理ができれば、たとえば「胃がんの手術をした患者が(食生活が変化したため)5年以内に狭心症の処置をする率が下がる」といった結果を導きだせるかもしれません。現時点では、NCDでは、患者個別の番号を割り振っているわけではないので、胃がんの手術をした患者と、狭心症の手術をした患者がたとえ同じでも、また同一施設であっても別々に管理されています。その意味では、共通番号が割り振られると、メリットは大きいでしょう。

ただし、マイナンバー制が施行されて浸透するまでの道筋が明らかでないので、不安もあります。現在でも、住民基本台帳ネットワークシステムで11ケタの数字が国民に割り振られていますが、それを覚えている人は限られるでしょう。患者が救急搬送されたとして、医療機関がその患者のマイナンバーをどうやって把握すればいいのかなど、まだまだ課題はあります。

NCDの今後の課題と展望は?

岩中先生 NCDを自己採点すると、現在は60~70点。でも、短期間によくぞここまで到達した、と誉めてあげたいと思っています。課題の1つは、NCDのユーザーである医療機関や外科医、企業から、もっと活用法についての提案が来るような仕組みを構築することです。それには、もう1~2年分の手術データを蓄積・分析し「こうすれば価値のあるデータ活用になる」ということを示さなければなりません。

NCDのデータを有効活用できれば、医師の偏在による外科医の相対的減少や、外科系の診療報酬の適正化をはじめとした政策提言がしやすくなります。さらに、外科医自身が自分のスキルが全国でどのレベルにあるのか客観的に把握できるようになります。たとえば小児外科医が「実は小児の手術に関して、小児外科医よりも手術件数の多い消化器外科医の方が、手術スキルがあるのではないか?」と悩むこともありうるでしょう。NCDのデータから、全国の医療機関における自院の医療水準が分かり、自分の手術件数とその評価が分かれば、具体的にどうすればスキルが上がるのかが見えるようになります。外科医にとってスキルアップの道筋ができることは、何よりもうれしいでしょう。N C Dとして、そこを応援したいと思っています。

NCD(National Clinical Database)とは?

図 NCD(National Clinical Database)とは?

2011年1月から運用を始めたN C D(National Clinical Database)は、外科手術や治療全般に関する患者のデータが保存されているデータベースだ。日本全国の病院・診療所で行われている手術・治療などの情報のうち、患者の治療に必要な検査結果や、診断に必要な関連情報、手術・治療後の経過に関する情報などが外科医情報とともに搭載されている。N C Dは、一般社団法人National Clinical Database が運用。実質的には、外科系の各学会が同社団法人を運営している。NCDへのデータ登録料は無料。外科系の各専門医制度とリンクしており、NCDに登録した症例のみが専門医の新規・更新申請の要件となっている。

NCDは、大きく3階層のデータベース構造を採用している(図参照)。第1階層部分は、13項目からなる基本部分で、患者の生年月日や性別、病名、術式、麻酔科の関与、執刀者・助手など、手術直後に医療クラークでも登録できる。第2階層部分は、術前の重症度補正(risk-adjusted data)や術中情報、術後のアウトカム情報を搭載する。第3階層部分は医療機器の有用性や投薬効果(治験)など、限られた期間・施設で行われた手術データを登録する。

Topics

周囲の協力で外科と子育てを両立

乳腺外科医になったきっかけについて教えてください

明石 定子先生(以下 明石先生)学生実習で各科をローテーションをしているときから、外科は「自分の手で患者を治している」という実感がありました。大学時代は合気道部だったこともあり、外科の体育会系の雰囲気が自分に合っていたので、卒後は外科に入局しました。国立がん研究センターのレジデント募集説明会に出席。志望書に「専門科」を書く欄があったのです。まだ専門を決めてなかったので悩みましたが、かつて先輩講師から「明石先生は乳腺外科になるのもいいんじゃないの?」と言われたことを思い出して「乳腺外科」と書きました。がんセンターの先生方にも歓迎されて、そのまま乳腺外科を選びました。

乳腺外科を選んだことについて、周囲の反対はありましたか?

明石先生 幸い、夫をはじめとして家族から反対の声は挙がりませんでした。29歳で結婚して、37歳で男の子の双子を出産。それでも外科医を続けられたのは、職場と家族の理解と協力があったからこそです。

具体的に周囲はどのようなサポートをしましたか?

明石先生 妊娠して初めにしたことが、院内保育の予約でした。当時の乳腺外科は3 名しか医師がいなかったため、産後もできるだけ早く復帰したかったのです。兵庫県の両親と夫の両親が、1カ月おきに泊りこんで双子の世話を手伝ってくれました。朝起きてすぐに回診に行き、帰宅して子どもたちに授乳。保育園に連れて行き、午前中の手術が終わった後に再び保育園に行って授乳して、また午後の手術に向かうという毎日でした。東京都中央区が運営する子育て支援「ファミリー・サポート・センター」を利用し、子どもたちの送迎や預かりを手伝ってもらいました。また、当時のがんセンターでは「子どもが3 歳になるまで当直は免除」という規定がありました。もともとがんセンターや乳腺外科は大半が予定手術で、緊急の呼出がほとんどないことも恵まれていたと思います。

双子の子育てとなると、相当苦労したのでは?

明石先生 職場復帰直後は睡眠不足でしたが「今がピークだから、段々と楽になるだろう」と楽観的に捉えていました。それでも、乳腺外科という仕事が好きでなかったら続かなかったかもしれません。手術が成功してうまく温存手術ができた時や、患者さんから感謝の言葉をいただいた時の充実感があったからこそ、仕事も育児も乗り切れたと思います。

一方で、女性外科医の有子率は、男性外科医に比べて低いという調査もあります。

明石先生 出産・育児によってスキルアップの機会は大きく影響を受けます。そのため、出産のタイミングを見失ってしまうケースもあるように思います。女性医師からは「専門医を取ってから産んだ方がいいのか?」「若く出産してもスキルを身につけられるのか?」といった相談を受けることがあります。私は幸い、ある程度外科医としての基礎スキルを身につけた後に妊娠しましたが、こればかりは授かりものなので、「このタイミングがベスト」とは言いにくいですね。

明石先生 女性外科医の子育てを応援するには、病児保育も重要と思います。院内保育を用意している医療機関はようやく増えてきたのですが、病児保育施設はごくわずかです。仕事の真っ最中に「お子さんが熱を出したので迎えに来てください」と保育園から声がかかるのは、たいていは母親。そこをサポートする仕組みがあれば、女性外科医が子育てをしやすくなるのではないでしょうか。

明石先生 学会ひとつ出かけるにも、学会の準備だけでなく、その間の留守番、お迎えなどを隙間なく手配することにもかなりの時間をとられます。男性が身軽に海外出張に行くのを見ると、うらやましく思うこともあります。残念ながら、医師でなくても大半の育児中の女性は同じ問題を抱えています。悩みは尽きませんが、自分ひとりで問題を抱え込まず、周りをうまく巻き込んでいく工夫が大事ではないでしょうか。

インタビューにお答えいただいた先生のご紹介

Interview Vol.3 手術データベースの活用で外科医の満足度を上げていく

写真:岩中 督 先生

東京大学医学部附属病院
副院長 小児外科教授
岩中 督 先生
Topics 周囲の協力で外科と子育てを両立

写真:明石 定子 先生

昭和大学病院乳腺外科
准教授
明石 定子 先生

平成2年東京大学医学部卒。同年東京大学医学部第三外科入局。国立がん研究センター中央病院レジデント、同医長を経て、平成23年より現職。