特定非営利活動法人 日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会(若手外科系医師を増やす会)

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ニュースレター 2011年9月

今号の内容

大学医局紹介
徳島大学

徳島大学医学部消化器・移植外科学の島田光生教授は、徳島から日本を代表する外科医が生まれることも夢ではないと語る。一流の外科医を育てるヒントは、「社会常識」と「経営学」にあるとにらんでいる。

理事紹介
平成23年度 新任理事の紹介

徳平成23年5月31日に、当NPO法人の定時総会を開催しました。総会では、現在の53名の理事を再任したほか、新たに8名を新しい理事として選出しました。

大学医局紹介 Vol.2 徳島大学
~経営学と社会常識が外科医を育てる~

――徳島を取り巻く医師の状況について教えてください。

島田(敬称略)地方の医学部同様、徳島でも医師不足に頭を抱えています。医師の帰学率(初期臨床研修修了者が再び母校へと帰ってくる割合)は全国でも最低水準で、2010年4月では36.6%程度です。帰学率が低い理由はいくつかありますが、やはり都会の生活が楽しいというのは大きいと思います。ただ、学生の考え方も少しずつ変わっています。少し前まで医学生は「楽をして稼げる専門科に行きたい」という傾向が強かったのですが、今は「忙しくても医師としてやりがいがあればいい」という考えが増えているような気がします。

――帰学率の低い徳島で、若手医師を外科に引き込む秘策とは?

島田秘策があるなら教えてほしいものです(笑)。私は医学部の準硬式野球部の部長をしているので、これはと思う学生に声をかけています。また、臨床実習の際やその打ち上げなどで、外科医のやりがいを伝えてもいます。加えて、外科に興味がありそうな若手医師や学生を、毎年開催する医局旅行に誘っています。これは、四国4県の関連病院を視察するもので、私や医局長が夜通し外科の魅力をとやりがいを語っています。
一方で、臨床実習では、なるべくベテランのノウハウを伝えるようにしています。例えば通常、学生には患者を1~2名担当させる医学部がほとんどですが、私の科では指導医が担当する患者が10名いれば、学生にも10名の患者を診るよう指導しています。外科医になれば、手術をこなしながらも、数十人の術後管理ができてなければなりません。中には症状が重い患者もいれば、そうでない患者もいる。毎日の回診で、患者のちょっとした症状を読み取れるかどうかは、言語ではなかなか伝えられない部分です。学生はぴんとこないが、指導医がぴんとくる患者の兆候を教えると、学生は「ここでなら医師のスキルを身につけられそう」と思うはずです。

――このような策を講じても、学生たちは「都会の医学部に比べると、スキルアップの機会は少ない」と感じる可能性があります。

島田地方大学の医学部の場合、「どうせ旧帝大系大学病院には勝てない」「都市部の医局とは違う」と思い込んでいます。それは学生や研修医だけではなく、現場で働いている医師や教師も同じです。私は徳島大学医学部に来て8年、そこを払拭したいと思って活動してきました。 中でも注力しているのが国際学会での発表です。徳島大学医学部は四国でも最も古い医学部の1つで多数の関連病院があることから、気を緩めると「四国でトップだ」と"お山の大将"の地位に甘んじてしまいます。そうならないよう、私が指導する消化器外科では、若手医師たちに国際学会で積極的に発表させています。 注力していることの2点目が海外への留学です。これは、外科医として多面的で多様な価値観を取り入れ、国際的な視野を持つには最適です。徳島大学医学部では、卒後5 ~ 6 年経った頃に修士論文を書かせたうえで、本人の希望があれば米国や欧州に1~ 2年留学させています。研究の仕方を学び、国際学会で発表し、留学し、学位を取ると、その後は外科医としてのスキルアップのみに専念できます。あとは「全国で一番のスキルを持った外科医」を目指すだけです。

――徳島から、世界に通用する外科医を誕生させるニーズはありますか?

島田四国でも、患者の要求レベルは確実に上がってきています。インターネットや口コミで医師の情報を集めて、患者が医師を選んで愛媛や高知から徳島まで来る時代になってきました。患者は当然、東京で受ける手術を同じレベルを要求します。料理でたとえるなら「徳島でも、六本木で食べられる高級フレンチが食べたい」と言っているようなものです。
外科医自身が「難しい手術は東京に行ってすればいい」と思ってしまうと、いずれ行きつくのは、四国から外科医がいなくなる世界、まさに地域医療の崩壊です。

――徳島で最高の医療を提供するには、徳島大学医学部だけが努力すればいいものではありません。

島田そのとおりです。関連病院の外科部長クラスの系医師たちに協力を仰ぎながら、徳島大学医学部OBや同門会を中心に、外科人材育成委員会のような組織を立ち上げました。これは、旧来の大学医局のような集合体ではなく、もっとゆるやかなものです。徳島の各病院にどのような医師が研修に来ていて、どのようなことに興味があるのかを情報収集し、それを共有しているにすぎません。具体的には、「この医師の性格は○○だから、この病院でももっと研修を積んだ方がいい」とか「この医師は学位を取ってもう少し研究に力を入れたがっている」などという情報を集めています。
かつてのように徳島大学がたくさん外科医を抱え、皆が医局の指示に従った時代は終わりました。関連病院から「外科医がほしい」と要請があっても、応えられないのです。では、すべての関連病院に新人外科医がいないかというとそうではないようです。魅力のある指導をしている病院には、やはり外科医は残りたがる。「どうしたら外科医がメリットを感じて残るのか?」について情報共有することが、この委員会のもう1つの狙いです。

――具体的に外科医にどういうメリットがありますか?

徳島大学医学部

島田10~15年目までの医師については、委員会で相談しながらローテーションに組み入れています。ローテーションに入れば、スキルアップと身分の保証という2つのメリットがあります。外科医にはいわゆる「自分の売り時」がありますが、自分だけではなかなかわからないものです。たとえばある病院の外科部長をしていて、ほかの病院からもっといい条件の外科部長として声がかかったとします。しかし、大学医局には、他県の病院長の話が来ていることもあります。それは、個人レベルのつながりでは到底わからない。大学の医局とつながりがあるからこそ、わかるものです。
しかし、これだけでは旧態依然とした医局の人事ローテーションと何ら変わりはありません。そこで人材育成委員会では、毎年12月に、20~40代の外科医には30~40分ほどインタビューし、本人の希望や要望などを聞く機会を設けています。当然、本人の希望には合わないが、どうしても特定の拠点病院に派遣しなければならないケースもあります。そこは「この病院に2年いてくれれば、次は必ず希望の病院に派遣する」と確約しています。

――関連病院と連携を取りながらも医師をローテーションさせ、いわゆる「囲い込み」をしている理由とは?

島田1つは、臨床研究がしやすいことです。以前は、同じ大学病院の同じ科で手術をしても、医師が違えば術式や抗がん剤が違うこともしばしばでした。しかし、医学的なエビデンスがないと、医学生はおろか患者からもあきれられてしまう時代です。関連病院と共同でエビデンス取得のために、なるべく多くの臨床研究をし続けなくてはならないのです。
医師を囲い込むもう1つの理由は、地域医療を守るためです。たとえばある拠点病院で外科医が不足したとします。どの医師も「行きたくない」と言えば外科医がゼロの地域が生まれ、地域医療が崩壊してしまいます。しかし外科医が数名いれば症例も増えて、臨床研究に加われるようになります。症例が増えて研究ができれば、外科医としてのスキルアップにもつながります。
外科医としてのスキルアップの中には、このような「やりたくない仕事」から学ぶことも多いのです。そういった大所高所からの視点を持たずに医師個人の自由で病院を転々とするようになれば、外科医としてのスキルもなかなか上がらないうえに地域医療も守れなくなる。そういった「外科技術以外の教育」のために、外科医たちを囲い込んで緩やかに育てているといっても過言ではありません。

――一外科医が「外科技術以外の知識」を覚える必要があるのでしょうか?

島田私自身は、若手外科医や医学生に外科技術を教えたことはほとんどないですね(笑)。口をすっぱくして教えていることは「報告・連絡・相談を欠かすな」とか「約束は守れ」、「顧客(患者)満足度を上げろ」ということばかりです。転勤は、サラリーマンなら当たり前だし、何かトラブルがあれば上司(指導医)に報告するのは当然なのですが、医師はそれらの存在は認めつつも「自分は(特権階級だから)当てはまらない」と思い込んでいます。このままでは、人間として不完全なばかりか外科医としての成長も見込めません。
外科医は将来的に、30人くらいの医療者を束ねなくてはなりません。自分とは異なるスキルを持った看護師やコメディカルを指揮し、部下の教育や顧客(患者)管理も考え、予算の数字をにらみながら研究開発(臨床研究)の将来も考える必要があるのです。これは中小企業経営者に他なりません。
そこで、カンファレンスでは「もしここが日産だったら車が売れるか?」とか「それで顧客が納得してモノを買ってもらえるのか?」と医学生や若手外科医たちに聞いています。また、経営雑誌やドラッカーの格言を医局内に回覧させています。非常に優秀な医師ほど、これら経営学から何かを学び取り、外科学に転用している気がします。

若手外科医インタビュー

若手外科医
消化器・移植外科
齋藤裕 医師(28)
柏原秀也 医師(29)
高須千絵 医師(28)

――外科を選んだ理由は?

柏原中学生のころに祖母を肝臓がんで亡くしたとき、漠然と「医師になって人を救いたい」と思うようになりました。その思いを抱きつつ医師を目指したので、外科医以外のことにあまり興味がなかったというのが正直なところです。

――外科医の生活はどうですか?

柏原父親が話した通り、外科医は規則正しい生活とはほど遠いかもしれません。現在は研究のやり方を学んでいるところなので、外科医らしく手術することもほとんどないのがつらいですが、今が我慢のしどきなのかな?と思っています。

――家庭とどう両立していますか?

高須友人や家族を含めて、外科医になることを賛同してくれる人は1人もいませんでした。「3K職場はやっていけない」とか「結婚はあきらめた方がいい」とまで言われました。唯一、外科医になることを賛成してくれたのが、放射線技師をしている夫でした。まだ消化器外科の女性で出産や育児を経験している医師がいないので、正直、本当に外科医としてやっていけるのかは分かりません。ただ、女性がバリバリ働いている職場ではないからこそ、自分がロールモデルとなって先鞭をつけたいと思っています。

島田 光生 先生
島田 光生 先生
徳島大学大学院
ヘルスバイオサイエンス研究部
消化器・移植外科学教授

医学博士
徳島大学大学院消化器・移植外科学教授、徳島大学病院消化器・移植外科科長
1984年九州大学医学部卒業、米国Pittsburg大学移植外科留学後、九州大学第二外科講師、大学院消化器・総合外科助教授を経て、2004年より現職。専門は、消化器外科。
とくに肝胆膵外科・肝移植、内視鏡外科。日本消化器外科学会理事など外科系学会の要職をはじめ、消化器病学会や肝臓病学会などでも財団評議員や肝癌撲滅運動の徳島県責任者などを務める。現在、"オンリーワン・ナンバーワン徳島"を医学・医療ならびに若手教育で実践している。

平成23年度 新任理事の紹介

平成23年5月31日に、当NPO法人の定時総会を開催しました。総会では、現在の53名の理事を再任したほか、新たに8名を新しい理事として選出しました。今年度は総勢61名の理事とともに、会員の皆様とより積極的なコミュニケーションを図ります。新理事の8名ともども、引き続き当NPO法人の活動をご支援ください。

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