特定非営利活動法人 日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会(若手外科系医師を増やす会)

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"手術のやりがい"を若手も実感
~平成25年2月16日"きみが外科医になる日"セミナー東京を開催~

目次

基調講演
学校法人東邦大学 理事長 炭山 嘉伸先生

日本外科学会の入局者数は、1995年の1667人最高に1000人前後で推移してきたが、2004年の卒後初期臨床研修制度のスタートともに、499人まで減少した。また、20代の外科医が全体の4.5%しかないということからも、若手外科医が減少して高齢化が進んでいると言える。東邦大学の現状を言えば、全体の4分の1弱が外科系医師だが、平成25年度採用の医師だけを見れば、外科系医師の占める割合はまだまだ少ない。医療機関経営の観点から言えば、病院全体に占める外科系の医業収益は無視することができないと言える。
一方で、胃がん手術成績を国際比較すると、日本は患者の手術死亡率と5年生存率ともに、世界で最高レベルにあると断言できる。これは大腸がん手術成績をみても明らかだ。肝門部胆管がん手術成績の上位4名のうち2名が日本人であることからも、国内の外科医療のすばらしさを感じ取れるだろう。このセミナーが、日本の外科医の増加ならびに外科技術の向上に結びつくことを期待したい。

炭山 嘉伸先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

炭山 嘉伸 先生
炭山 嘉伸(すみやま よしのぶ)先生
学校法人東邦大学 理事長

血をみない外科医を目指す
がん研究会有明病院 消化器センター
上部消化管担当副部長・栄養部部長 比企 直樹先生

"外科医"と聞いてイメージするのは「血を見なきゃならない」ということ。だが、腹腔鏡下手術に限って言えば、ほとんど血が出ない。出血量は20ccあるいは5ccということすらある。血が出ないのだから、ほとんど血を見ることもない。「血を見なきゃいけないから外科医は嫌だ」と思っている学生がいるとしたら、この腹腔鏡下手術のビデオを観てそのイメージを改めてほしい。
手術はチームワークだ。外科医以外にも、腹腔鏡のカメラを操作したり、臓器を保持したりする助手がいる。さらに、患者のバイタルをチェックする麻酔科医、そして器械を渡してくれる看護師、様々な材料をそろえてくれる看護師などが参加する。また、医療機器のチェックをしてくれるMEと呼ばれる技術者たちも欠かせない。腹腔鏡手術では、ポートと呼ばれる器械を入れるために、2~5センチほどだけメスを入れる。ポートを通じて挿入したカメラの映像を手がかりに、患部を切除する。鉗子で臓器が滑らないように押さえることが肝心だ。超音波凝固切開装置により、臓器の止血をしながら焼き切ることができる。その結果、直接手で触らない分、癒着が少なく、出血量の少ない手術が可能となる。
先ごろはダ・ヴィンチなどを使ったロボット手術も一般化してきており、手術時間も年々短くなっている。執刀医の体力に依存しない手術が可能になってきたので、女性の進出も十分に可能になってきた。いい意味で従来型の外科医のイメージにとらわれず、まずは外科に見学に来るところから、外科に関する興味を持ってほしい。

比企 直樹先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

比企 直樹 先生
比企 直樹(ひき なおき)先生
がん研究会有明病院 消化器センター
上部消化管担当副部長・栄養部部長

略歴

1990年
北里大学医学部卒業、東京大学附属病院分院第三外科研修医
1992年
Research Fellowship in General Surgery, University of Ulm(Germany)
1993年
東京大学附属病院分院第三外科助手、青梅市立総合病院外科
1995年
東京大学大学院医学系研究科博士課程入学、Research & Clinical Fellowship in General Surgery, University of Ulm(Germany)
1998年
東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、東京大学附属病院分院第三外科助手
2001年
東京大学医学部附属病院胃食道外科助手
2005年
癌研究会有明病院消化器外科医員
2007年
癌研究会有明病院消化器外科医長
現在
がん研究会有明病院 消化器センター
上部消化管担当副部長・栄養部部長

所属学会

  • 日本外科学会(認定医、専門医)
  • 日本胃癌学会(幹事)
  • 日本消化器外科学会(認定医、専門医)
  • 日本内視鏡外科学会(技術認定医【胃】)
  • 日本外科代謝栄養学会(評議員、庶務委員)
  • 日本静脈経腸学会(評議員)

今こそAcademic Surgeonの時代だ!
日本医科大学 消化器外科助教 水口 義明先生

若い医学生にとって関心が高いのは、卒業後にどこで研修をするかと、その後どのような医師を目指すかだ。最初に私の経歴を紹介したうえで、私が考えるAcademic Surgeonについてメッセージを伝えたい。
私は日本医科大学を卒業して同大消化器外科に入局した。そのまま同大学院を修了してポスドクを選んだ。2009年には、米ピッツバーグ大学メディカル・センターに留学し、再び日本医科大に戻ってきた。途中、自分で特許を取るなどの経験も積んだ。
Academic Surgeonというのは、19世紀後半から20世紀にかけて活躍した米国の脳外科医であるクッシングが提唱した7つの言葉が元になっている。「研究者であれ」「他者へ研究マインドを広げろ」「良き先輩・指導者であれ」「医局やグループの良きリーダーであれ」「当然ながら、良き術者であれ」「助手、前立ちであれ」「理想的社会人、家庭人であれ」という言葉だ。私なりにAcademic Surgeonを考えると「臨床」「研究」「教育」の分野に置いて、それぞれ重なり合う部分だと考える。
ノーベル医学賞を受賞した山中伸弥先生は、リウマチの女性患者を担当したとき、全身の関節が変形しているのを目の当たりにし、それが研究を始めるきっかけの1つとなったと話していた。研究者でも「患者を治したい」という想いを持っているということだ。逆に、外科医であっても、研究マインドを忘れないことが、手術では治せない領域への架け橋になると思っている。
医学生の皆さんが進路を決める際、大変か大変じゃないか、忙しいか忙しくないかで選ばず、仕事が好きでいられるかどうかで一生の仕事を決めてほしい。努力は人生を裏切らないし、自己の鍛錬が自分の成長につながっていくはずだ。

水口 義明先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

水口 義明 先生
水口 義明(みずぐち よしあき)先生
日本医科大学 消化器外科助教

略歴

1997年3月
日本医科大学 卒業
4月日本医科大学消化器外科 入局
2005年3月
日本医科大学 大学院 卒業
4月日本医科大学 ポスドク
2007年4月
日本学術研究会 特別研究員
2009年5月
Reserch Fellow, Department of pathology, University of Pittsburgh Medical Center
2011年11月
日本医科大学 消化器外科 助教

所属学会

  • 日本外科学会 専門医
  • 日本消化器外科学会 専門医
  • 日本肝胆膵外科学会
  • 日本胆道学会、日本内視鏡外科学会
  • 日本消化器内視鏡学会
  • 日本臨床病理学会
  • 日本腹部救急学会
  • 日本肝臓学会

ママさん外科医の挑戦
日本医科大学 乳腺外科 助教 柳原 恵子先生

通常、「女性で外科医」という話をすると、「(外科医である)両親の影響が強いのか?」や「女性としての将来をあきらめているのか?」と聞かれることが多い。だが、私の両親は医師ではないし、女性としても出産・子育てを経験している。外科医を選んだのは、人のために役に立つことができる、やればやるだけ上達する、医師にしかできない仕事だと実感できる、ということに魅力を感じたからだ。また、外科医の数が伸び悩むという問題を解決する手段の1つが、女性外科医を増やし、外科医として継続して活躍してもらうことだと思っている。
女子医学生が「外科医になることへの不安」として挙げている課題のうち、約56%が「結婚や育児との両立」を占めた。実際、女性外科医の58.8%が未婚で、全体の27.9%しか子どもがいないという現状だ。男性外科医の9割が結婚して8割以上が子どもを持っている事実と比べても、まだまだ女性外科医にとって仕事と家庭の両立が課題となっていることが分かる。卒後6~8年とも言われる専門医の取得の時期と、結婚・出産というライフイベントが重なってしまうことが、この結果を招いている要因の1つだと思う。
私の場合、卒後8年目で外科専門医を取得し、その後出産した。子育てをしながら外科医も続けたいと思っていたので、産休中に保育園を探して産後8週間で復帰した。当直は、産前2カ月前から免除してもらった。医局の上司や同僚の協力なくしては、こうはならなかった。ベビーシッターを雇うことも考えたが、1か月あたり約35万円かかるため、高すぎて利用しなかった。子どもは、初めは東京都の認証保育園に月8万円で預かってもらい、その後保育園に通っている。朝5時に起きて子どもの世話と家事をして、7時からのカンファレンスに出席できるように出勤。19時には自宅に戻り、家事をしている。
現在は、週に3~8件の手術をこなし、外来も110~140人こなしている。30~50代の女性のうち、がんで死亡した割合を見ると、乳がんが最も多いことを考えると、乳腺外科医としてのやりがいも感じる。今後は、家庭と仕事のバランスを保つためにも、院内保育や病児保育などが充実し、子どもの事情で仕事を中断しないような仕組みがあればと願っている。

柳原 恵子先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

柳原 恵子 先生
柳原 恵子(やなぎはら けいこ)先生
日本医科大学 乳腺外科 助教

略歴

1997年3月
日本医科大学 卒業
1997年5月
日本医大第1外科(現 消化器外科、乳腺外科)入局
2000年10月から2002年12月
癌研究会附属病院 乳腺外科、乳腺病理部、化学療法科で研修
2003年1月
日本医大付属病院第1外科(現 消化器外科 乳腺外科)
2008年4月から現在まで
日本医大付属病院 乳腺外科

所属学会

  • 日本外科学会 専門医
  • 日本乳癌学会 専門医 評議員
  • 日本がん治療認定医機構癌治療認定医

若き外科医に期待すること ~25年余りのがん、心臓病闘病体験から~
日本対がん協会 常務理事 関原 健夫先生

私が今ここに立っているのは、外科医のおかげだと言って過言ではない。外科医がどのような活躍をしてくれたのかということを、私の病歴から紹介したい。
私は1984年に、転勤先の米国で大腸がんであることが分かった。5年生存率は2 0%以下だと言われて、半ば人生をあきらめて手術を受けた。手術をした2年後に大腸がんが再発し、肝臓へも転移していた。手術をした後も、2回目の肝転移手術を受け、3回の肺転移手術も受けた。幸い、90年を最後に転移していない。だが、それだけではない。96年には狭心症を患い、心臓バイパス手術も受けた。さらに、右冠動脈のステント留置術を2回、急性心筋梗塞の手術を1回、左冠動脈のステント留置術を1回受けている。ここまでたくさんの手術を受けながらも、今は元気でこの場に立っていられるのは、日本の優れた技術力を持っている外科医の功績と言える。
米国人医師からは「米国なら、(転移を繰り返す患者に手術しないので)あなたは死んでいてもおかしくはないし、自己破産している可能性もある」と指摘されたことがある。日本は、外科技術が世界でもトップレベルであるうえに、医療費の自己負担が低く、私が手術を受けた当時は1割、現在でも3割で済むことも大きい。
数々の手術を受けた経験から分かったのが、外科医や看護師など手術を支えるスタッフがいかに過酷な仕事をしているかということだ。手術を受ける前は「医者は威張っている」「看護師はツンツンしている」と、正直、医療従事者にそれほどいい印象を抱いていなかった。だが、夜も昼もなくベッドサイドに寄り添い、患者に親身になってくれる姿を見て、考え方が180度変わった。
これからの外科医に望むこととして、幅広い知識や語学力などに加えて、人間力をつけてほしい。私は「ここまで外科医が頑張ってくれても治らなかったら仕方がない」と思えるほどの心境になった。現在は、外科手術に関する診療報酬が上がってきたとはいえ、病院の収益が向上しても、外科医の待遇がそれほど良くなっているという話をまだ聞かない。外科医の待遇を上げるべきだということを、まずは当の本人たちが声を上げることから始めてほしい。

関原 健夫先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

関原 健夫 先生
関原 健夫(せきはら たけお)先生
日本対がん協会 常務理事
(昭和20年9月23日生)

学歴

昭和44年3月
京都大学法学部卒業 卒業

職歴

昭和44年4月
株式会社日本興業銀行入行
平成8年2月
同 総合企画部長
平成9年6月
同 取締役総合企画部長
平成10年6月
同 取締役営業第五部長
平成12年4月
興銀信託銀行株式会社 常務取締役
平成12年10月
みずほ信託銀行株式会社
常務執行役員流動化商品本部長
平成13年6月
同 代表取締役副社長
平成16年6月
日本インベスター・ソリューション・アンド・テクノロジー株式会社 代表取締役社長
平成20年6月
同 退任
現在
楽天銀行㈱取締役
協同油脂(株)・ティーケーピー(株)監査役
(株)コーポレートディレクション・CDIメディカル(株)顧問
  • (公財)日本対がん協会常務理事
  • 中医協(中央社会保険医療協議会)公益委員
  • がん診療連携拠点病院の指定に関する検討会委員
  • 高度医療評価会議委員
  • 独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構業務評価委員

外科医になるべき3つの理由
東邦大学 医療センター 大橋病院 外科 教授 斉田 芳久先生

私は元々医師を目指していなかったが、高校3年生の時に目の炎症で、両眼が見えなくなったことがあった。そのとき東邦大学の河本道次先生に治療してもらい、目が見えるようになった。「ぜひ東邦大学に入り恩返しをしたい」という想いから、医師を目指すことになった。
最初は当然、眼科医を志望していたが、大学5年生の時に米国に留学。そこで出会った外科医のかっこ良さに心が躍った。米国では、外科医がエリート中のエリート。「もてる」「もうかる」「かっこいい」のMMKだ。皆が外科医を目指し、競争で勝ち残ったものだけが外科医になれるという世界だった。実際にドラマでも、かっこいい医師では外科医が多い。しかし日本では、外科医のイメージは「きたない」「きけん」「きつい」の3Kだ。
私が外科医になることを選んだ理由の1つは「外科医はオールマイティ」だからだ。私が学生実習の時、肝臓にまで転移がある進行した胃がん患者さんを担当した。主治医の内科医は「外科治療しかない」と判断したが、手術適応と判断する外科医を探すことが出来なかった。その時に、外科医でなければ治療の選択肢に制限があることを実感し外科医になろうと思った。
外科医になった2点目の理由は「治療をしているという実感の強さ」だ。先日、絞扼性イレウスの患者が激痛で病院に運ばれたので、私が手術をした。患者さんは手術直後でまだ傷跡があるにもかかわらず「先生!痛くなくなったよ。先生に切ってもらって良かったよ」。外科医のやりがいを強く実感できる瞬間である。
外科医を目指した3点目の理由は「技術レベルの向上を実感できること」だ。先輩外科医は、後輩外科医からの「出血が止まらない」などの要請を受けると、同じ環境・道具で難なく処置ができる。外科医は、手術をする度にスキルがあがっていることを明らかに実感できる、数少ない職業だ。
外科医にとっての喜びは、日々鍛錬した技術で良い結果を生み出し、患者さんやその家族、スタッフ、そして自分自身の笑顔につながっていくことだ。医学生の皆さんも外科医になって、患者さんから「先生に切ってもらって良かったよ」と言われてほしい。

斉田 芳久先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

斉田 芳久 先生
斉田 芳久(さいだ よしひさ)先生
東邦大学 医療センター 大橋病院 外科 教授

略歴

昭和55年3月
麻布学園高等部 卒業
昭和61年3月
東邦大学医学部卒業
同年5月
第80回医師国家試験合格
昭和62年4月
東邦大学大学院医学研究科博士課程入学(外科系外科学専攻)
平成4年3月
東邦大学大学院医学研究科博士課程単位取得者
同年4月
東邦大学医学部外科学第三講座研究生
同年 6-9月
秋田赤十字病院内視鏡室(工藤進英先生)にて研修
同年12月18日
博士(医学)学位授与
平成5年4月
東邦大学医学部外科学第三講座助手
平成10年1-8月
米国Cleveland Clinic Florida, Department of Colorectal Surgery (Dr. SD Wexner) 留学
平成11年3月
東邦大学医学部外科学第三講座講師
平成20年6月
東邦大学医学部外科学第三講座准教授
平成23年11月
東邦医学会賞受賞
平成24年4月
所属講座名変更:医学部医学科 外科学講座一般・消化器外科学分野
平成25年4月
東邦大学医学部外科学第三講座教授

所属学会

  • 日本外科学会:認定医・専門医・指導医・英文誌Surgery Today査読者
  • 日本消化器外科学会:認定医・専門医・指導医・評議員・消化器がん外科治療認定医
  • 日本消化器病学会:専門医・指導医
  • 日本消化器内視鏡学会:認定医・専門医・指導医・関東地方会評議員・本会学術評議員・Digestive endoscopy reviewer・和文誌査読委員
  • 機関誌Progress of Digestive Endoscopy査読委員
  • 日本大腸肛門病学会:専門医・指導医・評議員・医学用語委員会委員・規約検討委員会委員
  • 日本内視鏡外科学会:評議員・技術認定医・消化器一般外科
  • 国際外科学会日本部会:常任理事・財務委員長
  • 日本腹部救急医学会:評議員・総務委員会委員
  • 日本臨床外科学会:評議員
  • 日本外科系連合学会:評議員
  • 日本手術医学会:評議員
  • 日本成人病(生活習慣病)学会:評議員
  • 日本外科感染学会:評議員・インフェクションコントロールドクター(ICD)・外科周術期感染管理暫定教育医・外科周術期感染管理認定医
  • 日本癌治療学会:日本がん治療認定医機構暫定教育医
  • 日本がん治療認定医機構:がん治療認定医
  • 日本禁煙学会:Scientific Advisor・認定専門指導者(認定専門医)
  • 日本緩和医療学会:緩和医療ガイドライン作成委員会
  • 消化器症状ガイドライン作業部会評価委員
  • 大腸癌研究会:施設代表者・全国登録委員会委員
  • 大腸疾患外科療法研究会:副幹事長
  • 日本NOTES研究会:世話人・NOTES研究のガイドライン作成ワーキンググループ”委員
  • 単孔式内視鏡手術研究会:世話人
  • 大腸ステント安全手技研究会(日本消化器内視鏡学会附置研究会):代表世話人
  • The American Society of Colon and Rectal Surgeons:ACTIVE MEMBER
  • Society of American Gastrointestinal Endoscopic Surgeons:Active International Member
  • International College of Surgeons:Fellow
  • Endoscopic and Laparoscopic Surgeons of Asia:Member (2005-)
  • JCOG日本臨床腫瘍研究グループ大腸がんグループ・施設研究責任者
  • 厚生労働省補助金による「診療行為に関した死亡の調査分析モデル事業」東京地域、日本消化器外科学会 臨床立会人

2013.1.1現在

外科医って何がいいんだろう?
杏林大学 消化器外科 准教授 阿部 展次先生

最初に、女性外科医について話そう。現在は、だいたい2人に1人はがんに罹患する時代になってきた。がんを化学療法などで治す動きもあるが、やはり主流は外科手術となる。だが、手術は労働集約的であるため、1人が1日に多くの手術をこなすことはできない。一方で、女性医師が増加し、今は医師全体の18.1%を占めている。医師を目指す女性というのは、優秀であることはもちろんのこと、パワフルだと思う。この状況において、外科医を志望する女性医師を増やし、育成していくことは最重要課題だ。実際、杏林大学でも女性の外科医は数多くいる。子どもを育てながら外科医を続けている例も珍しくなくなった。外科は技術がものを言う世界でもあるので、じっくりと技術の研さんに取り組めば、女性にとって一生ものの仕事にすることも夢ではない。それには、本人だけでなく、家族や医局員など周りの人たちもサポートしていく必要がある。
次に、外科医を続けられる理由について話してみたい。まず、若手の外科医に「なぜ外科を目指したのか?」について聞いてみよう。映画やテレビ、マンガも影響しているが、外科医にはかっこいいというイメージがある。さらに外科医は必ずチームで動くため、治療がうまくいった喜びを仲間全員で共有できるのはとても楽しい。医局で取ったアンケートでも全体の84%が「消化器外科医になってよかった」と答えている。私も消化器外科医をしていて本当に良かったと、満足感や充足感に包まれながら眠ることがある。これがあるから外科医を続けられるのだ。さらに、外科の手技に対しインセンティブを付与する動きが出てきたことも、外科医の心をくすぐる。たとえば5%のインセンティブの場合、腹腔鏡下幽門側胃切除術だと6万4000点なので、年間100件やると320万円ほどになる。本給とは別に、これだけの評価をされるということは、やりがいにつながっていくのではないか。
最後に、外科医が持つ「手」について話そう。あるテレビドラマの中で、外科医が「助けますよ。俺が、この手で」というセリフがあった。「俺がこの手で助ける」という言葉は外科医ならではだ。アップル創業者の故スティーブ・ジョブズは「指は皆が生まれながらにして持つ世界最高のデバイス」と言った。外科医は、最高のデバイスを10本も駆使して、他人を救えるのだ。ぜひ皆さんも外科医になって、友だちや家族、大切な人を自らの手で助けられるようになってほしい。

演者略歴

阿部 展次 先生
阿部 展次(あべ のぶつぐ)先生
杏林大学 消化器外科 准教授
(昭和41年生)

略歴

昭和60年3月
都立九段高校 卒業
平成3年3月
杏林大学医学部 卒業
平成3年4月
東京女子医科大学第二外科(4年間在籍)
平成11年3月
杏林大学大学院医学研究科修了、外科助手
平成15年1月
杏林大学医学部外科講師
平成24年4月
杏林大学医学部外科准教授、現在に至る

専門・研究分野

消化器疾患に対する低侵襲治療(内視鏡治療、鏡視下手術など)

学会、資格その他

日本外科学会専門医・指導医、日本消化器内視鏡学会専門医、麻酔科標榜医、環太平洋外科系学会評議員、その他

最近(2011~)の主な学会主題発表と論文(筆頭演者および筆頭著者)

  • QOLを考慮した新しい早期胃癌治療戦略—先行ESD+全胃温存腹腔鏡下リンパ節郭清術—. 第7回日本消化管学会総会(ワークショップ)、2011.
  • 胃十二指腸病変に対するhybrid NOTESとしての内視鏡的全層切除術. 第73回日本臨床外科学会総会(ビデオワークショップ)、2011.

特別講演
国際医療福祉大学 学長 北島 政樹先生

北島 政樹先生の講演内容は以下リンクより動画でご覧頂けます。

北島 政樹先生の公演内容はこちら(YouTube)

演者略歴

北島 政樹 先生
北島 政樹(きたじま まさき)先生
特定非営利活動法人 日本から外科医がいなくなることを憂い行動する会 副理事長
国際医療福祉大学 学長
慶應義塾大学 医学部名誉教授
(1941年8月2日生)

学歴

1966年
慶應義塾大学医学部 卒業

職歴

1967年10月
慶應義塾大学 医学部外科学 助手
1975年4月
Harvard Medical School &amb; Massachusetts General Hospital 外科フェローとして2年間留学
1989年4月
杏林大学 第一外科 教授
1991年5月
慶應義塾大学 外科学教室 教授
1999年10月
慶應義塾大学病院 病院長
2001年7月
慶應義塾大学 医学部 医学部長
2007年4月
慶應義塾大学 医学部 名誉教授/
国際医療福祉大学 副学長/
三田病院 院長(2009年5月退任)
2009年7月
国際医療福祉大学 学長

所属学会

  • 日本外科学会 第100回日本外科学会総会 会長
  • 日本コンピューター外科学会 理事長
  • 日本ハンガリー外科学会 会長
  • 元日本内視鏡外科学会 理事長
  • 元日本癌治療学会 理事長
  • 日本膵臓学会
  • 日本移植学会
  • 日本肝移植研究会
  • The American College of Surgeons (ACS) Honorary Fellow, Past Governor of Japan Chapter
  • The Royal College of Surgeons of England (RCS) Honorary Fellow
  • German Surgical Society Honorary Fellow
  • International Gastric Cancer Congress (IGCC) Council Member/Past President
  • 6th International Gastric Cancer Congress Congress President
  • International Society of Surgery (ISS/SIC) Past President
  • 42nd World Congress of the International Society of Surgery ISS/SIC, International Surgical Week (ISW2007) Congress President
  • International Society for Digestive Surgery (ISDS) Past President
  • 11th World Congress of Endoscopic Surgery (11WCES) Honorary President
  • The New England Journal of Medicine(2002~), Langenbeck's Archives of Surgery(2002~) Editorial Board Member
  • ポーランド国立ヴロツワフ大学名誉医学博士(平成23年(2011) 10月)
  • ハンガリー国立センメルワイス大学名誉医学博士(平成23年(2011) 11月)
  • 文科省文化審議会委員(文化功労者選考分科会)
  • 日本学術会議会員(第19期・20期・21期)【第21期第二部副部長】
  • その他多数

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